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婚約指輪の歴史

愛する気持ちを指輪に託した古代ギリシア人

婚約指輪が習慣としてヨーロッパの人々の間で根付いたのは、中世ルネサンス期だと言われています。元々、宝石は神に仕える聖職者が象徴として身につけるものとして数千年も前から大切にされたものでした。

やがて、時の権力者たちが、宝石で飾り立てることによって、自分の力を内外に示すものとするなど、美しい宝石は一部の限られた人物のみが持つことが出来た存在でした。

だからといって、普通の身分の人たちが指輪をしていなかったわけではありません。指輪には色々な用途があり、今では想像しにくいことかも知れませんが、男性が戦いの際に指につけ、それを武器として使用した時代もありました。また、ベゼルという指輪のトップの部分に刻印を刻み、印鑑の代わりとして使われることもありました。

そんな中、愛の形として、指輪を贈るという行為も、紀元前二千年頃の古代ギリシア時代には生まれていました。この時代の男性たちは、愛の証として、あるいは自分が思いを寄せる女性に熱い言葉を指輪に刻み込んで贈ったと考えられています。

男性たちは、愛の女神エロスをベゼルに描いてみたり、愛しい女性の名前を刻み込んだ指輪を女性たちに贈っていました。中には指輪に結び目を描いて、結婚したときに花嫁の衣装を自分が解くことを怪しげに暗示する指輪のデザインもあります。この指輪は、「ヘラクレス・ノット」といわれています。

契約の意味も込められた古代ローマ時代の婚約指輪

愛の思いを伝える象徴として、指輪を贈るという行動は古代ローマ時代にも受け継がれていました。
この時代の詩人オウィディウスは詩の中で

「輪が愛しき人の指をひと巡りするあの妙なる品、その価値は贈るものの愛をおいて他になし」

と詠んでいます。「妙なる品」とはもちろん指輪のことですし、指輪は愛の贈り物以外の価値はないとまで言い切っています。その一方で未来の花嫁に、結婚を契約する意味合いで指輪を贈る風習も、この古代ローマ時代に生まれています。

この時代、結婚適齢期というのは、女性が12才、男性が14才!と、ずいぶんと若い間に結婚せよと決められていましたが、女性は10代の後半、男性は20代というのが一般的でした。それでも現在と比べると若い間に結婚していたと感じるかもしれませんが、この時代の結婚は家同士の関係が重んじられ、恋愛とは別の次元で結婚が決められていたことも関係しています。

家系を重んじ、子孫を残して繁栄させていくこと、それが当時の結婚の主な目的だったのです。婚約はそのための契約という意味合いがあり、指輪としてはベゼルの部分の紋章などが刻まれた印章指輪が選ばれることもあったのです。

当時の結婚事情を詳しく「博物誌」に書き記したローマのプリニウスは、「当時の婚約指輪は鉄製だった」と述べています。しかし、時代が進むにつれて、婚約指輪の素材としては鉄だけではなく、2世紀頃になると、裕福な家庭では豪華に金や銀を使った婚約指輪を用意するようになっていきます。

デザインも多様化していき、愛の言葉を刻み込んだものだけではなく、二つの握り合う手をベゼルに描いた指輪は、結婚する誓いを表現したものでした。この握り合う手をモチーフとした婚約指輪は、後の中世の時代になって再び良好することになります。

そして、「忠実」を意味する「フェデ・リング」とも呼ばれるようになっていったのです。12世紀のフェデ・リングは人々に用いられるようになり、それから数世紀に渡って受け継がれる事になりました。

また、392年にキリスト教がローマ帝国の国教となったことは、結婚指輪を人々に普及することを促進していく原動力となっています。なぜかというと、教会が指輪の交換を結婚することの証として認めたからでした。この結婚指輪でも、婚約指輪のモチーフとなったフェデ・リングが使われたり、男と女が向かい合う像が描かれました。もちろん十字架がその中に刻み込まれたりしていました。

ところで、婚約指輪は現在、左手の薬指にさすのが常識となっていますが、婚約・結婚指輪が普及し始めたローマ時代ではどうだったのでしょうか?「博物誌」のなかでは、プリニウスはこの時代にはすでに薬指にはめるのが習慣化されていたと述べています。

これは男性が女性の魔力を封じて女心を自分につなぎとめるためだったという説があります。
また、左手の方が、右手よりも心臓に近いこと、そして当時は心臓の中に感情の中心があって、人を愛する感情はここから生まれると考え、より深い愛の結びつきを願い左手の薬指が婚約指輪をはめる場所として選ばれたとも言われています。

婚約指輪の華が開いたルネサンス期

ギメル・リング1 ギメル・リング2

徐々に人々の暮らしぶりもよくなった中世後期の時代に入ってくると、婚約指輪も凝った指輪にしようという動きが生まれてきます。ルビーやエメラルドなどのカラーストーンも婚約指輪にあしらわれるようになり、ルネサンス時代を迎えるころ、本格的に婚約指輪を贈る習慣が華開くことになりました。

ルネサンス時代に開花した芸術活動は、古代ギリシアやローマ時代の影響を強く受け、それを発展させましたが、宝飾品の世界も例外ではありませんでした。古代の宝飾品は彫刻を施したものが多かったこともあってベゼルなどに芸術性の高い、凝った彫り物が盛り込まれるようになっていきます。

ご存知のようにルネサンスはイタリアが中心となってヨーロッパに広がっていきましたが、芸術的な指輪もイタリアの金細工師たちが貢献しています。彼らはもともと画家や彫刻家を目指している者が多く、正確なデッサン力を身につけるためには、金細工の工房で学ぶのが最適とされていました。

工房で訓練を受けながら勉強していた彼らは、指輪のデザインや細工にも、ルネサンスの影響を受けた芸術的な指輪を創造していったのです。婚約指輪にも、このルネサンス期の影響が色濃く出ています。

もちろん、一般の人々が王侯貴族のような高価な婚約指輪を求めることは出来ませんでしたが、自分なりの愛を表現する手段として婚約指輪を作っていました。良好した婚約指輪には、ハートやキューピットを描いたカメオ細工のリングや、愛の言葉に添えて、パンジーやバラの花を細工した指輪などもあります。

また、今日まで受け継がれる愛のリング「ギメル・リング」もルネサンス初期の時代の前後に考案され、ルネサンス期に発展したと言われています。二つの指輪がベゼルの部分で重なり合うギメル・リングは、結婚を決意した二人が、末永い幸せと永遠に離れないことを象徴的に表現していました。

家柄だけを問題にせず、結婚とは愛する人と仲むつまじく暮らしていくことだという考えが広まっていましたので、人気を呼んだのも無理もありませんでした。

ギメル・リングにカラーストーンを2個配するデザインも考案されています。エメラルドとルビーというような対照的な色合いのカラーストーンを配する場合もあれば、二人は一心同体だとばかりに、同じカラーストーンが選ばれることもありました。そして、2本の地金の部分にはそれぞれの名前を刻み込んだり、結婚の解消はできないとする聖書を引用したギメル・リングなども作られています。

婚約指輪や結婚指輪のデザインに好んで使われたものに植物がありました。
生命の息吹を感じることが影響していましたが、なかでも人気を呼んだのが「わすれな草」です。花の名前からも想像できるように、「私を忘れないで」という花言葉があることから好んで婚約指輪に描かれることになりました。

わすれな草の花言葉を刻み込んだ指輪も盛んに作られました。英語では「FORGET ME NOT」の頭文字をとって、ベゼルに「FMN」と刻んだ婚約指輪がこれに該当します。同じようにドイツ語圏では「VGMN」と刻まれています。

このギメル・リングが日本に伝わるまでには、ヨーロッパで流行してから300年以上の時を待たなければなりません。婚約指輪を贈る風習が始まったのは明治時代になってからと、指輪文化が発達するのが遅かった日本でしたが、大正時代初期にはすでにギメル・リングを宣伝する広告がつくられていました。

また、キリスト教社会とは一線を画していたユダヤ人社会では、ユニークな婚約指輪が発展しました。それはベゼルにミニチュアの建物を取りつけた指輪です。14世紀ごろに生まれたと考えられるこの指輪は、ルネサンス期のユダヤ人社会の間で盛んに作られるようになり、17世紀ごろまで続いていきました。

建物はエルサレムにあるエホバの神殿であるという説もありますが、新婚家庭を象徴していたという説の方が有力です。建物の屋根は開閉できるようになって、屋根を開けると、その中には幸運を祈る内容のヘブライ語が刻まれている、非常に凝った婚約指輪でした。

婚約指輪のモチーフや素材が多様化した18世紀

ルネサンス期が過ぎた17世紀に入ると、飽食の世界にも変化の兆しが見えるようになっていきます。人物などを刻み込む指輪が姿を消していき、ルビー・サファイア・エメラルドなどのカラーストーンやダイヤモンドをシンプルに配置する指輪が増えていきます。

続く18世紀はバラエティあふれる婚約指輪の中から、自分の好きなタイプを選ぶ時代となっていきます。ギメル・リングも婚約者の間では相変わらずの人気を誇っていたほか、握り合う手をモチーフとしたフェデ・リング。

愛の誓いや日付を刻んだ婚約指輪などを作らせる人たちも、前の時代から引き続き大勢いました。また、「死が分かつまでリングの結び目は解かれることはない」と刻んだ、古代ギリシア時代に起源のある婚約指輪も人気を呼び、ハートマークや絵文字を組み合わせた婚約指輪を好んだ人たちもいました。

また、愛する気持ちを表現する手段として、ダイヤモンドをはじめとする宝石とともに、婚約者の頭髪をおさめる婚約指輪も登場。婚約者の顔を描いたミニアチュールの指輪も並んで人気を博しています。

これらの婚約指輪とともに、ドイツでは「3」という数字をあしらった婚約指輪も流行しました。なぜ婚約指輪に3という数字が用いられるようになったのか?その理由は、数字の3はドイツ語で「DERI」と書き記しますが、信頼を意味するドイツ語が「TREU」で、綴りが似ていたことから3という数字を刻むようになったのです。

価値の高い宝石に力点を置く婚約指輪の時代へ

19世紀に入ってからも、18世紀に流行した婚約指輪のデザインは引き続き愛し合う男女の間では支持されていきます。わすれな草は相変わらず人気を誇る植物のモチーフだったのに加えて、恋心を花言葉とするパンジーも人気の高いモチーフへと成長していきました。南京錠や鎖をデザインした婚約指輪も登場します。

これは婚約によって、他の男性への思いを断ち切ることを求め、「あなたは僕だけのもの」という心を表そうとした男性心理を反映させたものでした。また、永遠の愛を意味する動物である「ヘビ」も、この時代に好まれたモチーフのひとつでした。

これらは1820年頃に芸術の世界でおこったロマン主義の影響を受けたものです。夢想の世界でするようなロマンチックな描き方が宝石の世界で流行し、なかには宝石言葉にメッセージを託そうとした婚約指輪も登場しました。

このとき、各種のカラーストーンが活躍することになります。愛のメッセージにふさわしいカラーストーンは、好んで婚約指輪を飾る石として選ばれていきます。それに加えてメッセージの頭文字に合致する名前のカラーストーンを、複数組み合わせて婚約指輪に仕立てようとする動きも生まれています。

その代表例が「リガード・リング」です。リガード(REGARD)とは「好意」を意味する言葉です。
この言葉を構成する5つのアルファベットに、

ルビー(Ruby)
エメラルド(Emerald)
ガーネット(Garnet)
アメシスト(Amethyst)
ダイヤモンド(Diamond)

の頭文字を組み合わせて、自分の思い、つまり「好意」を表現しようとしたのがリガード・リングです。ロマン主義時代の当時、もっとも人気の高かった婚約指輪となりました。

19世紀から20世紀は、今日まで受け継がれている婚約指輪のオーソドックスなタイプが登場し、定着していきました。ダイヤモンドやカラーストーンなど、宝飾品として価値の高い宝石を中心にした婚約指輪の流行です。

19世紀末から20世紀初頭にかけてアール・ヌーボー、アール・デコの華やかな時代を迎えます。この流れを受け、婚約指輪も芸術的でファッショナブルなデザインが施されたものが好まれるようになりました。

また、プラチナの普及、ティファニーセッティングをはじめとする技術革新は、婚約指輪の中心に配される宝石類をより魅力的に引き立てる要因となっています。聖職者や王侯貴族だけが持つことを許された豪華な宝石を、一般の愛し合うカップルが婚約指輪に選ぶ。藍の前では平等な時代が到来したのです。

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