ボクが「ブランド品」や「百貨店」で買い物をしない理由。それは、手品の「タネ」を知ってしまった元卸業者の、少し寂しい職業病の話。
ボクが「ブランド品」や「百貨店」で買い物をしない理由。それは、手品の「タネ」を知ってしまった元卸業者の、少し寂しい職業病の話。
「本谷さんは宝石屋さんだから、やっぱり普段からハイブランドの良いものを買ったり、百貨店でお買い物されたりするんですか?」
お客様や知人から、よくこう聞かれます。
そのたびにボクは、少し困ったような顔で「いえ、ボクはブランド品も買いませんし、百貨店で買い物をすることもほとんどないんですよ」と答えます。
謙遜でも節約でもなく、これはボクの本心です。
なぜなら、ボクはジュエリー業界に30年身を置き、その「裏側(バックステージ)」をあまりにも深く知りすぎてしまったからです。
映画の結末(ネタバレ)を知っていると、ストーリーにハラハラできないのと同じ。手品のタネを知っていると、魔法に驚けないのと同じ。
今日は、モノの「原価」と「仕組み」を知り尽くしてしまった男が抱える、少し特殊な価値観と、そこから見える「本当の価値」についてお話ししようと思います。
1. 煌びやかな百貨店の「舞台裏」を見てきたから
かつてボクが宝石の卸業をしていた頃、百貨店の宝飾売り場はボクの「職場」の一部でした。お客様として訪れる場所ではなく、業者として出入りする場所だったのです。
「委託(いたく)」という言葉をご存知でしょうか。
百貨店のショーケースに並んでいる煌びやかなジュエリーたち。あれらの多くは、百貨店が買い取って並べている在庫ではなく、ボクたちのような卸業者が「場所をお借りして置かせてもらっている商品」であることが多いのです。
外商さんが大切なお客様と商談をするサロンや、華やかな催事場。
そこには確かに素晴らしい商品が並んでいますが、その裏では「場所代(マージン)」や「人件費」、「広告費」といった、商品そのものの価値とは関係のないコストが、何層にも積み重なっています。
ボクはその「原価」と「売値」の乖離(かいり)を、伝票として毎日見ていました。
もちろん、百貨店という空間の高揚感や、丁寧な接客には対価が必要です。それを否定するつもりはありません。
しかし、「このダイヤモンドの本当の値段」を知っている身としては、どうしてもその何倍もの値札が付いた商品を、自分のお財布を開けて買う気にはなれないのです。
それは、スーパーで自分で魚を捌ける漁師が、高級料亭の刺身を見て「魚代よりも雰囲気代だな」と冷静になってしまう感覚に似ているかもしれません。
2. 「16億円」のダイヤを留めた、父の作業場
もう一つ、ボクがブランド品に幻想を抱かない理由は、ボクの父の影響が大きいです。
父はバブル期を経験した腕利きの宝石職人でした。
ボクが子供の頃、父の作業場では、信じられない光景が日常的に繰り広げられていました。
世界最高峰の時計である「ロレックス」。
父はそのロレックスの文字盤に、ドリルで穴を開け、ダイヤモンドを埋め込む(石留め)という仕事を請け負っていました。
さらに、今でも忘れられないエピソードがあります。
ある時、どこのブランドかは知りませんが、時計のバンド全体にびっしりとダイヤモンドを留めるという仕事が入ってきました。
父や業者さんの話では、完成すれば「3億円」で売られる代物だとか。
子供だったボクには、3億円という金額が凄すぎてピンときませんでしたが、父は淡々とその「3億円の元」となる金属に穴を開け続けていました。
極め付けは、10円玉くらいの大きさがある「16カラット」の巨大なダイヤモンドの石留めです。
その価値、なんと当時で「16億円」。
色はブラウンがかっていたので、ボクは横で見ながら「なんかデカい10円玉みたいやな」なんて生意気な感想を持っていましたが、父の顔は真剣そのものでした。
「これ、割れたら弁償やから怖いよな。他の職人はみんなビビって断ったらしいから、オレがやるんや」
そう言って、父は見事にその16億円の石を留め切りました。
しかし、後で聞いて驚いたのは、その「石留め代(工賃)」です。
もちろん多少の色は付けてもらったそうですが、基本的には「石の大きさ」で決まるため、数万円の指輪を留めるのと、さほど変わらない金額だったそうです。
16億円の商品になっても、作り手に渡るお金は数千円か数万円。
この強烈な原体験があるため、ボクはどうしても、完成されたブランド品を見ると「凄いな」ではなく、「中身(原価と工賃)はどうなっているんだろう?」と冷静に分析してしまうのです。
3. Apple Watchも、ジュエリーも、すべては「材料」
その感覚は、今のボクにも色濃く受け継がれています。
例えば、今はApple Watchのバンドやカバーを作ることもできますし、そこに宝石を留めて、数百万円のハイジュエリーのような見た目に仕上げることも可能です。
ボクにとって、世の中にある既製品は、すべて「完成形」ではなく「素材」に見えます。
「有名なブランドのロゴが入っているから欲しい」という欲求よりも、「この素材を使って、自分ならもっと面白いものが作れる」という創作意欲の方が勝ってしまうのです。
裏側を知っている人間は、決して表舞台の観客にはなれません。
純粋に「わぁ、素敵!魔法みたい!」とブランド品にときめくことができないのは、ある意味で不幸なことかもしれませんし、少し寂しくもあります。
しかし、その代わりボクには、「魔法のタネ(本質的な価値)」を見極める目が残りました。
結論:だからボクは、ブリリアントジュエリーをやっている
ボクが百貨店やブランドで買い物をしないのは、そこに「納得できる価値」を見出せないからです。
逆に言えば、ボクが運営する「ブリリアントジュエリー」は、裏側を知り尽くしたボクが、「これなら自分で買いたい」と思える価値だけで構成されています。
過剰な包装も、立派な店舗も、ブランド料もありません。
あるのは、父から受け継いだ「モノを見る目」と、確かな「素材」、そして適正な「技術」だけです。
「裏方ばかりで、華やかな表舞台には縁がない」
そう思うこともありますが、ボクはこの「裏側の世界」を愛しています。
なぜなら、ここには化粧をしていない、宝石そのものの素顔の美しさ(本質)があるからです。
もし、あなたが「ブランドの魔法」ではなく、「本質の価値」にお金を払いたいと思うなら。
ぜひ、ボクたちの店を覗いてみてください。
そこには、ネタバレを知ってしまった男が作る、正直すぎるジュエリーが並んでいますから。