ピンクダイヤモンドの中から、レッドダイヤモンドが生まれる話
数ヶ月に1度、世界を一周する業者さんの話
ボクが長年取引してきた業者さんの話です。その人は数ヶ月に1度、仕事で世界を一周していました。
日本を出てオーストラリアへ、そこからニューヨーク、アントワープを経由して日本に戻る。航空チケットを買って世界一周ルートで宝石を買い付けてくる、そんな働き方をしていた人です。
オーストラリアでは、ピンクダイヤモンドを買い付けていました。産地はアーガイル鉱山。当時、世界のピンクダイヤモンドの大半がここから産出されていました(アーガイル鉱山は2020年に閉山しています)。
買い付けから鑑定書ができるまで
帰国後はまず鑑定機関に石を出します。AGT(アメリカ宝石学会東京)や中央宝石研究所(CGL)といった、業界で信頼されている機関です。
百貨店でピンクダイヤモンドを取り扱うには、こういったネームバリューのある鑑定機関の鑑定書が必要になります。それがないと、そもそも売り物として成立しないのです。
鑑定結果はさまざまです。ファンシーライトピンク、ファンシーピンク、ファンシーパープリッシュピンク……色みと濃さによって呼び名が変わり、価格も大きく変わります。
ピンセットで何百石、1時間以上
ボクはその業者さんからいつもピンクダイヤモンドをまとめ買いしていました。買い付けから帰ってきてしばらくすると、ソーティング(簡易鑑定)が出た状態で石が届きます。何百、何千とある石の集団を、色ごとに分けていく作業です。
これがボクの仕事でした。ここで注意が必要なのですが、ピンクダイヤモンドは1石だけで見ると意外と濃く見えます。ところが、大量の石を並べて比べると、思っていたより薄い石がたくさんある。
単体で見ると目が騙されるのです。だからピンセットで1石ずつ手に取り、濃い石から薄い石へと仕分けていく。それだけで1時間以上かかります。
その間、社長と業者さんは別の部屋で業界話に花を咲かせています。ボクはひたすらピンセットを動かしている。宝石業界の現場は、こういう地味な作業の積み重ねでできています。
「そうそう、良いのが出たんですよ」
仕分けが終わり、価格交渉も済んで、ひと息ついたころのことです。業者さんがおもむろに、小さなルース(裸石のことをこう呼びます)を取り出しました。
「そうそう、良いのが出たんですよ」
と、さりげなく。それがレッドダイヤモンドでした。
大きさは0.2カラット、直径にして3.5ミリほど。指先に乗るくらいの小さな石です。でも、見た瞬間にわかりました。ピンクダイヤモンドとは明らかに違う。赤みの濃さが違う。
ルビーとも違うし、他のどの宝石とも違う色と輝きで、思わず「きれいな色やなぁ」と口に出たことを覚えています。
レッドダイヤモンドという石
カラーダイヤモンドの中でも、レッドダイヤモンドは別格の存在です。
地球上でこれまでに発見された純粋なレッドダイヤモンドは、全部合わせても数十個程度と言われています。宝石業界に長くいても、一生に一度見られるかどうか。大半の宝石商は写真でしか知らない石です。
かつてはアーガイル鉱山がこの石を産出する数少ない場所でした。その鉱山が2020年に閉山しています。新たな供給がほぼ絶たれた今、市場に出回る数はさらに限られ、希少価値は上がる一方です。
価格は1カラット未満の小さな石でも、数千万円から数億円になることがあります。鑑定書に「レッド」の文字が入った瞬間に、価値が文字通り桁違いになる。同じピンク系のダイヤモンドでも、その差は大きいのです。
価格は一桁違う
同じピンクダイヤモンドと比べて、レッドダイヤモンドの価格は10倍以上になります。その石は石だけで1千万円ほど、百貨店に並ぶ品物です。時価に近いのでもっと高いかもしれません。
誰が買うのかと聞くと、「こういった石を欲しがるマニアックな方がいる」と業者さんは言っていました。その人に見せに行くと話していたのを覚えています。
レッドダイヤモンドは、ピンクダイヤモンド以上に希少です。業界にいても、実物を見たことがない人のほうが多い。ボク自身、30年以上この仕事をしていて、あの日が最初で最後です。
ピンクダイヤモンドを買い付けるという行為の中に、レッドダイヤモンドという「当たり」が潜んでいる。それが宝石という仕事の、静かな面白さのひとつだとボクは思っています。