ラボグロウンダイヤモンドは婚約指輪に向かないのか?宝石屋が本音で答えます
ブレードランナーの電気羊と、ラボグロウンダイヤモンドの未来
SF映画の名作「ブレードランナー」の原作小説に、こんな話があります。
技術が進んだ未来の世界で、人々は動物をペットとして飼うことに強いこだわりを持っています。しかし本物の動物は非常に高価で、多くの人は電気仕掛けの偽物の動物を飼っています。見た目も動きも本物と変わらないのに、それでも人々は「本物の動物」を持つことに憧れ続ける。主人公のリック・デッカードも、屋上で電気羊を飼いながら、本物の羊を持つことを夢見ています。
ボクはこの話を読んだ時、宝石の話だと思いました。
ラボグロウンダイヤモンドは土俵が違う
現在、宝石業界ではラボグロウンダイヤモンド、いわゆる人工ダイヤモンドが注目されています。成分も硬さも輝きも天然と科学的には全く同じで、価格は天然の数分の一。合理的に考えれば、人工で十分という結論になりそうです。
しかしボクは30年の経験から、ラボグロウンダイヤモンドと天然ダイヤモンドは土俵が違うと思っています。
天然ダイヤモンドが持っているのは、スペックではなく物語です。地下150kmという超高圧の世界で、数億年という気が遠くなるような時間をかけて生まれた結晶。その小さな一粒に、地球の歴史そのものが閉じ込められています。ラボグロウンダイヤモンドにはその物語がありません。どれほど品質が同じでも、数週間で作られたものと数億年かけて生まれたものでは、持つ意味が根本的に違います。
婚約指輪に天然ダイヤモンドを選ぶ人のほとんどは、この物語に対してお金を払っているのだとボクは思っています。
正直に言うと、商売としても扱う理由がない
もう一つ、正直に話します。商売としての理由です。
ラボグロウンダイヤモンドの価格は、技術の進歩とともに下落し続けています。これは電気自動車の下取り価格の話に似ています。メルセデス・ベンツの電気自動車であっても、下取りに出すとびっくりするくらい二束三文になってしまう。
技術が進歩して新しいモデルが出るたびに、前の世代の価値が一気に下がるからです。
ラボグロウンダイヤモンドも同じです。今日仕入れた石が、来年には半値になっているかもしれない。在庫リスクが高すぎて、商売として成り立ちません。
天然ダイヤモンドはそうではありません。地球が数億年かけて作ったものは、これ以上増えることがない。だから希少性が保たれ、価値が大きく崩れることがないのです。
業界の歴史が教えてくれること
ここで、ボクが業界にいた頃の話をします。
ルビーやサファイアは、かつて加熱処理(エンハンスメント)して出荷するのが業界の当たり前でした。エンハンスメントというのは、石本来の色を最大限に引き出す処理で、トリートメント(人工的に色を加える処理)とは全く別のものとして扱われていました。
当時は加熱処理済みが普通で、非加熱の石は珍しい存在でした。ところが10年ほど経つと、非加熱処理の石が主流になっていきました。今や非加熱処理が当たり前で、加熱処理済みの石は価値が下がります。
業界の中にいたボクでも、この変化のスピードには驚きました。
ラボグロウンダイヤモンドも同じ道を歩む
ルビーやサファイアの歴史を見ていると、ラボグロウンダイヤモンドの未来も同じ道を歩むのではないかとボクは思っています。
今は価格の安さで注目されていますが、時間が経つにつれて「天然であること」の希少性と価値が再評価される。技術が進めば進むほど、逆に「本物であること」の価値が上がるという逆説です。ブレードランナーの電気羊と全く同じ話です。
もちろん、ラボグロウンダイヤモンドを否定しているわけではありません。用途によっては十分な選択肢です。ただ婚約指輪という、人生の大切な節目に贈るものに関しては、その物語の重みは簡単には代替できないとボクは考えています。
何億年もかけて地球が作った一粒を、大切な人に贈る。その意味は、スペックシートには絶対に載らないものです。