長年宝石業界で働いているボクが「希少石」という言葉について思うこと
「希少石」という言葉に、少し待ったをかけてみたい
SNSを眺めていると、「希少石をお迎えしました」という投稿をよく見かけます。パライバトルマリン、パパラチアサファイア、デマントイドガーネット。たしかに美しく、魅力的な石たちです。手にした方の喜びは本物ですし、ボクもそのときめきはよくわかります。
そのうえで、長年宝飾の世界に携わってきた立場から、「希少石」という言葉について少しだけ立ち止まってみたいことがあります。否定したいわけではなくて、この言葉の成り立ちを知っておくと、石との付き合い方がもう少し自由になるかもしれない、というお話です。
「希少石」はいつからそう呼ばれるようになったのか
ボクが宝飾業界に就いて30年ほどになりますが、パライバトルマリンもパパラチアサファイアも、25年ほど前にはすでに市場に存在していました。取り扱いのある業者も複数あり、展示会に行けば目にする機会のある石です。もちろん品質の良いものは値が張りますし、産出量が潤沢とは言えません。
しかし「希少石」というカテゴリが広く使われるようになったのは、比較的最近のことです。気がつけば、ある種の石に「希少石」というラベルが貼られ、それがひとつのブランドのように機能しはじめていました。「希少」という響きには、独特の引力があります。けれど実態としては、これらの石は長年にわたって市場に供給され続けてきました。希少性とは、本来とても流動的なものなのです。
本当に市場に出てこない石の話
長年の経験のなかで、本当に「見る機会がなかった」石というものがあります。
レッドダイヤモンド。キャリアを通じて、実物を目にしたのは一度だけです。ダイヤモンドという、誰もが知っている石の中に存在しながら、その赤い個体は驚くほど市場に出てきません。10カラットを超える大粒のダイヤモンドも、数えるほどしか見たことがない。オイル処理を施さなくても美しさを保てるエメラルドも、長い年月でたった一度の出会いでした。
これらはいずれも「希少石」とは呼ばれません。ダイヤモンドもエメラルドも、誰もが知っているポピュラーな宝石だからです。しかし実際には、それらの「特別な個体」こそが、本当の意味で市場に姿を現さない存在なのです。ここで「希少石」という言葉は、石の種類につくのか、それとも個体につくのか、という問いが浮かびます。
ちなみに、宝石の品質や種類を証明する鑑別書には「希少石」という分類はありません。パパラチアサファイアは「天然コランダム(サファイア)」、パライバトルマリンは「天然トルマリン」と表記され、呼び名は備考欄に注釈として記されるだけです。「希少石」とは、業界や市場が育てた呼び名であり、それがいつの間にかひとり歩きしている、というのが正直なところなのです。
産地でしか食べられない魚や野菜のように
産地の近くに住む人だけが口にできる魚や野菜があります。流通に乗らないほど繊細で、あるいは量が少なくて、一般の市場に出てこない。それらは「希少食材」として名前が売れているわけではありませんが、実態としては本当に手に入らないものです。
宝石も似たところがあります。本当に市場に出てこない石は、名前すらほとんど知られていない。逆に言えば、「希少石」として広く名前が知られ、SNSで話題になり、ジュエリーショップのウェブサイトに並んでいる石は、流通に乗れるくらいには存在しているということでもあります。
くり返しになりますが、これは「希少石」を否定したいわけではありません。パライバトルマリンの青は唯一無二ですし、パパラチアサファイアのピンクとオレンジが溶け合う色は、本当に美しい。コレクターが魅了されるのも、価格が上がり続けるのも、それだけの理由があります。
大切なのは「自分にとっての希少性」
宝石を選ぶとき、「希少石かどうか」より大切なことがあると、ボクは思っています。それは、あなた自身がその石に出会えたことの、かけがえのなさです。
品質の良いパライバトルマリンは、確かに簡単には手に入りません。気に入った色のパパラチアサファイアに巡り合うのも、縁とタイミングが必要です。「希少石」というラベルの有無にかかわらず、その石があなたの元にやってきたこと自体が、ひとつの希少な出来事なのかもしれません。
長年この業界にいて感じるのは、宝石の価値は市場が決める部分と、持つ人が決める部分があるということです。「希少石」という言葉に振り回されず、自分の目で、自分の感覚で石を選ぶ。それが、宝石と長く付き合っていくための、一番の近道だと思っています。